大会委員長 岐阜聖徳学園大学経済情報学部 松葉敬文
2022年1月22日(土)、「ニューノーマルな社会と双子」を大会テーマに第36回学術講演会がオンラインで開催されました(開催校:岐阜聖徳学園大学)。
当初はハイブリッド(対面・オンライン併用)型で開催する予定でしたが、2021年晩秋の頃より欧州を中心に感染が広がっていた新型コロナウイルス変異株が、12月に入り国内でも感染が確認されるようになったため、社会的状況を鑑みオンラインでの開催に変更となりました。
急遽の変更となりましたが、多くの皆さまにご参加を頂き、盛会裏に大会を終了することが出来ました。
第36回大会では口演26件(特別招待口演1件、査読付き口演7件、一般口演7件、教育講演7件、ワークショップ4件)、シンポジウム3件および記念講演会と、例年の約2倍となる30件の研究発表や講演が行われ、質疑応答でも活発な議論が交わされました。
(また今次大会では学会外の方を含む多数の方から査読審査協力を得て、双生児研究学会では初となる査読制度を導入しています。)
当日は双生児研究の世界的な第一人者であるNancy L. Segal博士をお招きし、” Unusual Behavioral Similarities in Twins Reared Apart: Genetic Effects, Random Chance or Both?”という題目で、特別招待口演を行っていただきました。
また教育講演とワークショップも設置され、教育講演では厚生労働省子ども家庭局母子保健課で現在の多胎支援の枠組み設計に携わられた小林秀幸氏による近年の政策動向についてご講演を頂いた他、多胎児が絡む医療や研究の現状について国内外の医療関係者・研究者にご登壇を賜りました。
ワークショップでは国際多胎支援組織協議会(ICOMBO)議長のMonica Rankin氏、国立成育医療センター・小澤克典医長、香川大学医学部・新田絵美子博士、TAPS財団理事長・Stephanie Ernst氏から各分野の先端事情について発表して頂きました。
なお、リアルタイムで行われた特別招待口演を除き、時差の都合で海外演者による報告は事前録画による字幕付き動画で行われましたが、報告時間とは別に設けられた質疑応答時間には全演者がリアルタイムでご登壇されています。
記念講演会では生理心理学分野の泰斗である大平英樹先生(名古屋大学大学院情報学研究科)をお招きし、” Emergence of emotion and decision-making based on predictive coding of interoception : Contributions of genetic and environmental factors”という題目で、脳神経科学分野での遺伝と環境に関する研究状況についてご講演を頂きました。
また大会テーマに関する特別シンポジウム「2021年度新型コロナ禍の多胎児子育て状況調査報告」が慶應義塾大学の安藤寿康先生・藤澤啓子先生、十文字学園女子大学の布施晴美先生を中心として計画され、双生児研究学会が行っている調査の中間報告が行われました。
(布施晴美先生がご急逝されたとのお知らせに12月に接しました。謹んでお悔やみ申しあげます。学会総会において、双生児研究学会の発展にご尽力を頂いた布施晴美先生に哀悼の意を表すべく黙とうを捧げ、御冥福をお祈りしました。)
最後になりますが、例年とは異なる演題発表形式の導入により生じさせました様々な業務遅滞にも関わらず、盛会に導いて下さいました学会事務局およびニュースレター担当委員の先生方、そして大会にご参加を頂きました皆様に、厚く御礼を申し上げます。
鈴木国威先生(就実大学)が大会長を務められる次回の第37回学術講演会の盛会を願っております。
以下、大会の記録を記します。
(特別招待口演)
(Peer-reviewed)
Unusual Behavioral Similarities in Twins Reared Apart
: Genetic Effects, Random Chance or Both?
Nancy L. Segal, Patrick Alcantara, Katherine Garcia, Kayla Garcia, Rebecka Hahnel, Addison Linneen, Sarah Massie, Steven Nguyen, Francisca Niculae, Ana Nieto, Angela Polito, Briana Ruff, Zahra Tahmasebi
Department of Psychology and Twin Studies Center, California State University, Fullerton, California, USA
Background: A wealth of twin research shows that monozygotic (MZ) twins are more alike in virtually all measured behavioral traits, relative to dizygotic (DZ) twins. These results apply to twins both reared apart (MZA, DZA) and reared together (MZT, DZT). This recurring pattern of findings is consistent with contributions from genetic effects on intelligence, personality, height and weight, to name a few. However, the lack of perfect MZ twin resemblance indicates that environmental influences before and/or after birth also shape behavioral outcomes. A related and continually posed question remains unresolved: Are MZA twin similarities in unusual behaviors and atypical characteristics best explained with reference to genetic factors, random chance, or a combination of the two? Some insights into this complex question were provided by a psychology graduate student class project undertaken in spring 2021 at California State University, Fullerton. Prior to describing the methods, early outcomes, and future directions of this project is an overview of relevant research in selected domains of human behavioral and physical development. These summaries are needed for the purpose of providing a meaningful context to the issue under consideration.
(大会記念講演)
内受容感覚の予測符号化に基づく情動と意思決定の創発
―遺伝的・環境的要因の寄与―
大平英樹
名古屋大学大学院情報学研究科心理・認知科学専攻
心理学や神経科学における情動の理論において、身体の重要性が認識されている。内受容感覚(Interoception)とは、身体の内部の信号を感知し恒常性を維持するための制御を意味し、情動の創発と意思決定に重要な役割を果たすと考えられてきた。
近年、内受容感覚と情動、意思決定の関連を説明する理論的枠組みとして、予測符号化の原理が注目されている。
予測符号化の観点では、内受容感覚を含むあらゆる知覚は、単なる受動的なボトムアップ処理ではなく、脳の内部モデルによる予測と実際の信号との比較(予測誤差)を通じて能動的に生じると考えられている。
脳は、1)内部モデルの更新、2)身体状態の変化、によって予測誤差を最小化し、身体の生理的システムを制御している。
その際、予測誤差を減らすことに成功するとポジティブな情動状態に、予測誤差が拡大・維持されるとネガティブな情動状態に導かれると考えられる。
さらに、予測誤差の減少の成功とそれに伴うポジティブな感情は報酬として働き、関連する行動や対象の価値を高めると考えられる。
逆に、予測誤差の減少に失敗すると、関連する行動や対象の価値が下がる。その結果、行動や対象の選択確率が変化する。
このような理論的枠組みは、内受容感覚、情動、報酬、意思決定など、複数の重要な心理的現象を統合することが可能である。
内受容感覚の予測符号化のダイナミクスを記述する計算論的モデルは、これまでに得られた神経画像研究や生理心理学的研究における実証データのパターンをうまく説明することができる。
このような理論的枠組みは、精神医学や心療内科の臨床的問題にも拡張することができる。
うつ病は、内受容感覚の調節がうまくいかず、その結果、慢性的な炎症を引き起こす疾患として理解できる。
発達障害は、内受容感覚や外界に関する知覚の過敏さ、あるいは鈍麻を特徴とする。
リスクを冒す傾向や犯罪は、リスクと不確実性のもとでの報酬の評価と意思決定のシステムの障害に根ざすと考えられている。
このように、この理論的枠組みは、人間の本質の理解、意思決定の予測、さらには精神・心身疾患の新しい診断・治療法の開発に新たな光を当てるものである。
双生児研究は、こうしたモデルのダイナミクスに対する遺伝的および環境的要因の寄与について示唆を与えてくれる。例えば、ADORA2A遺伝子多型は脳の前頭-島ネットワークにおける内受容感覚と外受容感覚の処理を調節するが、内受容感覚の精度の分散はむしろ非共有環境因子によって説明されることが示されている。また、気分障害のリスクの高い双子のペアにおいて、腹側線条体における報酬予測誤差信号の減少が報告されている。さらに、意思決定における遅延割引、リスク選好、脳の報酬系における衝動性などの個人差は、遺伝的要因によってある程度説明可能である。今後、内受容感覚、情動、意思決定のダイナミクスにおける要因や過程に関する遺伝的要因の影響について、系統的な探求が求められる。
(特別シンポジウム)
「新型コロナ禍の多胎児子育て状況」
日本双生児研究学会ではコロナ禍に突入した2020年、多胎支援団体の全国組織である一般社団法人日本多胎支援協会の協力のもとに、全国のふたご・みつごの養育者を対象として、新型コロナ感染のリスク下における子育て状況を把握するためのwebアンケート調査を実施し、新型コロナ感染防止のための最初の自粛時以前(2020年3月末まで)と比較して、そのストレス状況の様相とその要因分析を試み、昨年の学術講演会で特にふたごに関する報告を行った。
そしてコロナ禍が引き続いた2021年度の状況変化を把握するため、新たなweb調査を実施している。
本シンポジウムでは2021年度学会アンケートの概要、ならびに2020年度調査の追加報告を行う。
<話題提供>
【2021年度学会アンケートの報告】
・2021年度新型コロナ禍の多胎児子育て状況調査報告
安藤寿康・布施晴美・糸井川誠子・天羽千恵子・藤澤啓子・山形伸二
【2020年度学会アンケートからの示唆】
・コロナ禍のふたごの子育て・ふたごの育ち
玉木 譲・畑 美南・小島 亮介・Brough Faye・井ノ川 早笑・李 知韵・須田 遼英・藤澤 啓子
・コロナ禍のみつごの子育て状況
安藤寿康・布施晴美・糸井川誠子・天羽千恵子・藤澤啓子・山形伸二
<指定討論 松葉敬文>
なお本研究は慶應義塾大学文学部倫理委員会と日本多胎支援協会倫理委員会の承認を得て実施された。布施晴美先生は本研究実施のさなかに急逝されましたが、本研究への御貢献を記録にとどめるため、ここに謹んで名前を残させていただきます。
「2021年度新型コロナ禍の多胎児子育て状況調査報告」
安藤寿康1・布施晴美2, 3・糸井川誠子3,4・天羽千恵子3,5・藤澤啓子1・山形伸二6
1 慶應義塾大学文学部 2 十文字学園女子大学教育人文学部
3 一般社団法人日本多胎支援協会 4 NPO法人ぎふ多胎ネット
5 ひょうご多胎ネット 6 名古屋大学教育学部
昨年(2020年)度の学会アンケート調査に引き続いて、長引く新型コロナ禍でのふたご・みつごら多胎児の子育てストレスの変化や持続の状況を把握するため、本年(2021年)度、新たにWebによるアンケート調査を実施している。
昨年度の調査との比較を目的としているので、調査項目も昨年度の調査を基本的に引き継ぎながらも、次のような改訂を行った。
- 調査対象年齢を中学生までに広げ、「周産期から3歳未満」版と「3歳以上」版に分けた。
- ストレス状況に関わる環境についての調査項目を新たに追加した。たとえば「周産期から3歳未満」版での出産に際しての状況や夫婦関係の変化などである。
- 単胎児との比較のため、全国の認定子ども園の家庭に協力を依頼し、多胎児調査と同等の項目で調査を行った。
現時点(抄録作成時)において、特に出産時の状況についてみると、たとえば以下のような結果が見られた。
・出産に際してパートナーや家族の立会いがない場合が多く(74%)、そのうちの40%がコロナがその理由であった。
・里帰り出産したケースは約40%だが、その理由の殆どはコロナとは無関係であった。
・出産のための入院中にパートナーや家族の面会を認められなかったのは28%で、面会が面会時間や回数に特に制限が設けられていないケースが42%、制限はあるが一日おきに面会できたケースが19%だった。
・退院に際しては母親がふたご2人と退院できる場合と母親だけが退院する場合がそれぞれ約40%ずつであった。
なお本研究はドコモ市民活動団体助成事業の助成を受け、慶應義塾大学文学部倫理委員会と日本多胎支援協会倫理委員会の承認を得て実施された。
「2020年度学会アンケートから-新型コロナ禍のみつご子育て状況」
安藤寿康1・布施晴美2, 3・糸井川誠子3,4・天羽千恵子3,5・藤澤啓子1・山形伸二6
1 慶應義塾大学文学部 2 十文字学園女子大学教育人文学部
3 一般社団法人日本多胎支援協会 4 NPO法人ぎふ多胎ネット
5 ひょうご多胎ネット 6 名古屋大学教育学部
ふたごやみつごのような多胎児の子育ては、平時においても単胎児と比べて育児負担が大きく、養育者に高いストレスがかかるが、特に新型コロナウィルス感染拡大状況にある今日、そのストレス負荷はさらに困難さを深めていると思われる。
日本双生児研究学会ではコロナ禍に突入した2020年、多胎支援団体の全国組織である一般社団法人日本多胎支援協会の協力のもとに、全国のふたご・みつごの養育者を対象として、新型コロナ感染のリスク下における子育て状況を把握するためのweb調査を実施し、新型コロナ感染防止のための最初の自粛時以前(2020年3月末まで)と比較して、そのストレス状況の様相とその要因分析を試み、昨年の学術講演会で特にふたごに関する報告を行った。
本研究では同じく2020年度に実施した調査のうち、みつごに関して、子育てのストレス状況の変化を、ふたごと比較することを目的とする。
みつご家庭の回答は12都府県から18件あり、子どもの性別組合せは、全男児5件、全女児4件、2男児1女児6件、1男児2女児2件であった。
子どもの出生体重は、ふたご(610件)が2291.8g(SD=435.6)、みつごが1506.9g(572.4)で、みつごが有意に軽かった。
子育てのストレス度を10段階で主観的評定した平均値を自粛前後で比較すると、ふたごで5.52(SD=4.76)から6.56(2.16)、みつごで5.12(2.37)から5.59(2.15)で、みつごの方がややストレスの少ない傾向はあるものの有意な差は見出されなかった。
なお本研究は慶應義塾大学文学部倫理委員会と日本多胎支援協会倫理委員会の承認を得て実施された。